災害が発生して断水してしまったとき、私たちが最も困るのは飲み水のことだと思われがちです。しかし、実際には飲料水よりも切実で、待ったなしの問題となるのがトイレです。人間は食事を我慢することはできても、排泄を我慢することはできません。水洗トイレが使えなくなったとき、事前の準備がなければ衛生環境は瞬く間に悪化し、生活そのものが破綻してしまいます。この記事では、なぜ災害時にトイレが使えなくなるのかという理由から、家庭で備えるべき非常用トイレの種類と必要な数について詳しく解説します。

水洗トイレが使えなくなる理由と健康への影響

地震や水害が発生すると、断水によって水が流れなくなることは容易に想像できるでしょう。しかし、たとえ水が止まっていなかったとしても、あるいは浴槽に汲み置きの水があったとしても、災害直後に水洗トイレを使用してはいけない場合があります。それは、排水管が破損している可能性があるからです。地震の揺れによって地面の下にある下水管や、マンションなどの集合住宅を通る排水管がひび割れたり、外れたりしていることがあります。その状態で無理に水を流してしまうと、汚水が流れずに逆流してきたり、下の階の部屋の天井から汚水が漏れ出したりする深刻な二次被害を引き起こす恐れがあります。そのため、安全が確認されるまでは、自宅のトイレであっても水を流さずに使用する必要があります。

トイレが自由に使えないという状況は、私たちの心身に大きなストレスを与えます。不衛生なトイレを使いたくない、あるいは長蛇の列に並びたくないという心理から、多くの人が水分や食事の摂取を極端に減らそうとします。水分を控えると脱水症状になりやすくなるだけでなく、血液がドロドロになって血栓ができやすくなり、エコノミークラス症候群などの命に関わる病気を引き起こすリスクが高まります。また、排泄を我慢することで膀胱炎などの尿路感染症にかかる可能性も出てきます。災害時において、清潔で安心できるトイレ環境を確保することは、単なる快適さの問題ではなく、家族の健康と命を守るための重要な防災対策なのです。

家庭で備えるべき非常用トイレの種類と選び方

非常用トイレには大きく分けて二つの種類があります。自宅の便器が破損しておらず、形が残っている場合に使用するのが、便器に袋を被せて使う凝固剤タイプです。これは最も一般的で手軽な備蓄品です。使用方法は非常にシンプルで、まず便座を上げて便器に下地となる袋を被せ、その上から便座を下ろしてもう一枚排泄用の袋をセットします。用を足した後は、付属の凝固剤を振りかけて排泄物を固め、袋の口を縛って可燃ごみとして処理します。凝固剤には水分を素早く吸収してゼリー状に固める機能があり、防臭効果や抗菌効果が含まれているものも多く販売されています。普段使い慣れている自宅のトイレ空間をそのまま使えるため、精神的な負担も少なく済みます。

一方で、地震の衝撃で便器自体が割れてしまったり、避難先でトイレが不足していたりする場合に役立つのが、組み立て式の簡易トイレです。これは段ボールやプラスチックでできた土台を組み立てて、即席の便器を作るものです。このタイプを備蓄する場合は、必ず目隠しとなるポンチョやテントもセットで用意しておく必要があります。ただし、家庭内での備蓄を考えるのであれば、まずは既存のトイレを活用できる凝固剤タイプを優先して準備し、スペースや予算に余裕があれば組み立て式を追加するという順序で検討するのが現実的でしょう。選ぶ際には、凝固剤の固まるスピードや、袋の厚みや強度、そして長期保存が可能かどうかを確認することが大切です。

備蓄の目安となる数と臭い対策の重要性

いざというときに非常用トイレが足りなくならないよう、適切な数を備蓄しておくことが重要です。一般的に、成人の排泄回数は一日あたり平均して五回から七回と言われています。災害時には緊張やストレスで頻度が増えることも考慮し、一人あたり一日七回分を目安に計算すると安心です。ライフラインの復旧や支援物資が届くまでには最低でも三日、大規模災害の場合は一週間以上かかることが想定されます。したがって、一人暮らしの場合でも一週間分として約五十回分、四人家族であれば約二百回分という大量の備蓄が必要になります。数字で見ると多く感じるかもしれませんが、トイレは絶対に欠かせないものですので、少し多めに用意しておいて損はありません。

また、非常用トイレの備蓄で見落としがちなのが、使用後のゴミの処理と臭いの問題です。災害時はゴミ収集車もすぐには来ないため、使用済みの汚物袋を自宅のベランダや庭、あるいは室内の一角に一定期間保管しなければなりません。数百回分もの排泄物が溜まれば、その臭いは想像を絶するものになり、生活空間の快適さを著しく損ないます。そのため、通常のポリ袋だけでなく、医療用や介護用として開発された高機能な防臭袋を併せて用意しておくことを強くおすすめします。驚くほど臭いを漏らさない特殊な素材で作られた袋があれば、ゴミ収集が再開されるまでの間、衛生的に保管することができます。トイレットペーパーやお尻拭き、手指消毒用のアルコールもセットにして、トイレの近くにまとめて保管しておきましょう。